身近な楽器 サトキチ

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 前回までに箏・三絃(三味線)・尺八の音について書いて見ましたが、今回は私達に取って尤も身近な楽器を取り上げてみたいと思います。この楽器は貴方の家にも必ず有りますので是非探し出してください。そんな楽器が我が家にあるのかと思わず首を傾げながらどれだろうと部屋の中を見回していませんか。これは持ち運び自由にできますが見つかりましたでしょうか。
ヒントにこの楽器を誰でも一つは持っていますよと言われれば、もう大抵の人はお気付きだと思います。答えは歌を歌う時の人間の声なんです。人の声も音楽を奏でる道具として考えれば立派な楽器だと言う事が判ります。
何しろ楽器の使用よりもその歴史は遥かに古く、元を辿れば古代人が行っていた原始音楽行為まで遡ってしまいます。たかが人間の声だと言ってしまえばそれまでなんですけど、人間と音楽の関わりを考えると余りにもその歴史が古いので驚いた方もいらっしゃるかも知れません。その分人類に取って長年使い続けてきた楽器と言う訳なのですから、むしろ楽器の扱い方と言うか歌い方次第では楽器よりもはるかに扱い易いはずだとも言えます。

 ところがこの楽器には大きな欠点が幾つかあります。それは成り方がいつも安定しないと言うよりも、むしろ気紛れだと言った方が合っています。例えば風にかかった・お酒を飲み過ぎてしまったといった体調の変化や、またスポーツ等の応援で声を嗄らしてしまったとか、おそらくこの様な事が原因で声が出し難いとお困りに成った経験はありませんか。
普通であればこの様な癖の強い楽器は扱う人に直ぐに嫌われてしまいます。その結果修理や調整に出されたり、もっとお金を出してでもより良い響きの楽器に買い替えたり、幾つかの手を打つ方法があります。
更にこの楽器の最大の欠点は何と言っても楽器本体が自分自身だと言う事なんです。自分の声がどんなに気に入らなく成ったからと言っても、今の段階では声帯を新しい物に移植させる事もできません。医療技術の発展の可能性を信じて長生きするという手がありますが、その時期がやって来たとしても自分の思った声に変わるかどうかは何とも言えません。
それよりは発生の仕方を少しでも工夫してみた方が現状を少しでも打開できるかも知れないのです。それにこの団体も既に人生の折り返しを過ぎてしまった人の方が遥かに多く、特に歌のある曲を演奏会に後残り何曲出せるのかと心配に成りませんか。歌の曲を長く歌う為にはやはり少しでも楽な発声法を身に付けた方がいつまでも歌っていられます。目的や可能性を信じながら練習をした方が上達するような気もしますし、その成果が現われてくれば嬉しさもひとしおと言えます。何はともあれ信じて練習をする事が大事であり、信じて実行した者だけが救われる世界だとも言えます。

 一人の人の声が一生変わらないという訳ではありません。青年機の男性は声変り(変声期)によって保々一オクターブ低い声に変ります。その後は年を取るに従い声の響きや音の高さが次第に下がって行きます。
同じメンバーで合唱団を行なっていると始めの時期には若いソプラノやテノールのメンバーが多くても、40・50年も年月が経ってしまうと一言で言えば老人合唱団に変わっています。かって高い音域を歌っていたメンバー達は次第に高い声が出なく成り、その結果低いパートに移って行く事から張りの無くなったソプラノやテナーの声だけが目立つように成ります。
いわゆるこれは人の声が老人の声に近付いて行く現象の例だと言っても良いのです。老人は高い周波数の音が聞こえなく成ると言われますが、実は高い声も出にくく成っているのです。その理由は勿論筋肉の老化にあり、声帯をコントロールしている筋肉の張りが失われて行く事にあります。

 この様な現象が起こる事は歌を歌う人にとって極めて切実な問題と言えます。特に江戸時代に発達した地唄箏曲の歌の場合にはなぜこんなに音域が高いのかと苦労しながら歌う人も多いかと思います。その要因が曲を作曲した検校や勾当達にあると言っても過言ではありません。
江戸時代箏曲は当道制度の保護の下で盲人の専門職として発展してきました。その結果全ての曲が盲人の手によって作曲された事から、曲の歌の音域は彼らの歌い易い音域で当然歌われています。これは彼らの特徴とでも言いますか、声の高い人が多かったと言う現実と結び付いています。

 地唄箏曲の場合単に音が高いと言うだけでは無く、他の音楽と比べて比較的音域が広いと言うのも特徴と言えます。つまり年齢が高く成って来ると歌い難いと言う理屈に成ります。ここで当時の年を取った盲人箏曲家達は歌うのに苦労しなかったのかと言う疑問が湧いてきますが、作曲されたのが江戸時代でしたので彼らの寿命は今から比べると遥かに短命でありました。こんな風に考えると現代人は長寿である分その当時思いも付かなかった苦労をさせられているのかも知れません。
現代人の苦労と言えば別の面でもあります。その当時ではお座敷を中心に弾かれていた箏曲や地唄でしたが、今では広いホール等で演奏する機会が主流に成りつつあります。その分お座敷での歌い方とは異なり、広いホールでも声が届く歌い方が必要に成って来たとも言えます。
しかしただ無暗に大きな声を張り上げたからと言っても箏曲や地唄の良さが出せるとは限りません。これまで職業を主体に発達した音楽や芸能には行なわれる場所の条件を考慮して、そのジャンルに相応しい発声法が編み出されました。勿論西洋音楽ではクラシックを始め、大衆芸能としてのカンツォーネ・シャンソン・ジャズ・ラテン、等のジャンルではそれぞれ異なった歌われ方がされています。一方日本音楽の長唄・能楽・民謡等を例に比べて見ても、それぞれ特徴のある発声法を行なっている事が判ります。この様に考えると現代の箏曲や地唄(地歌)の発声法は演奏される会場の変化によって、ちょうど確立されるまでの過渡期にあるとも言えます。

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